LOGIN和風の部屋の大きな卓に、大皿でサンドウィッチやスコーン、ケーキが準備されていた。
紅茶が数種類とコーヒーもある。
「ケーキはラズベリーのムースとモンブランにシュークリームね。晴翔は苦手な食べ物、ある?」
「いいえ、好き嫌いはないです。どれも美味しそうです」
ローラが嬉しそうに晴翔にコーヒーを差し出した。
「ミルクティはアッサム、あとはダージリンだけど?」
「ん、最初はダージリンで」
理玖はいつもの通りに返事した。
陶器を湯で温めると捨てて、茶葉を蒸らし始める。
「本格的ですね」
晴翔が感心したようにローラの手つきを眺めた。
「これでも簡単にしてるの。本格的にやると時間かかるからねぇ。ちゃんと蒸らして淹れた方が美味しいけどね」
「晴翔! サンドウィッチも美味しいから、食べろ! スコーンも焼きたてだぞ!」
理一郎がスコーンにクロテッドクリームを塗って頬張る。
二人の間ですっかり晴翔呼びが定着している。
晴翔が笑顔でサンドウィッチを手に取った。
「御言葉に甘えて、いただきます……。そっか、ローラ・向井先生の手作り。普通ならお金を払って食べる料理ですね」
晴翔が臆している。
確かに母はレストラン料理の監修やコンビニとのコラボなど手広くこなしている。
「只の家庭料理だよ。専門家とプランを練って作っている訳じゃない」
「そうよぉ、気にしなくっていいから、じゃんじゃん食べてね」
促されて、晴翔がサンドウィッチをパクリとする。
「やば、うま…&hell
理玖と晴翔の肩をローラが包み込んだ。「本当に良かったわぁ、理玖。こんなに素敵な王子様に愛してもらえるなんて。さすが、理一郎と私の子ね」 ローラがゆっくりと理玖と晴翔の頭を撫でる。「晴翔は理玖がクローンでも、理玖を愛してくれたのね」「俺にとっては目の前の理玖さんが総てです。俺が知ってる理玖さんを好きになったんだから」 晴翔の言葉にローラが目を潤ませた。 自分の額を晴翔に押し当てた。「理玖にとって人生最大の幸運は、晴翔に出会えた奇跡ね」「それは、俺こそ……」 晴翔がいつになく照れた顔で言葉を詰まらせた。「なんだか、照れますね。俺は父親しかいないから、母親って、こういう感じなんだなって」「Oh……晴翔、貴方……」 ローラが気の毒そうな目を晴翔に向ける。「晴翔君は父親が二人いるんだよ。onlyのお父さんとotherの親父さん」「Oh! Amazing! 晴翔と理玖の子が出来たら、onlyのパパンに色々教えてもらえるわね」 ローラが嬉しそうに笑った。「じゃぁ、全部話しても良さそうだな。約三十年前の秘密。理玖にも話してないコト、たくさんあるぞ!」 理一郎が隣の部屋から、山のような資料を出してきた。「三十年前の秘密……。臥龍岡先生が俺に話していたことは、全部嘘……。って訳じゃ、ないんですか?」 資料を眺めて、晴翔が問う。
和風の部屋の大きな卓に、大皿でサンドウィッチやスコーン、ケーキが準備されていた。 紅茶が数種類とコーヒーもある。「ケーキはラズベリーのムースとモンブランにシュークリームね。晴翔は苦手な食べ物、ある?」「いいえ、好き嫌いはないです。どれも美味しそうです」 ローラが嬉しそうに晴翔にコーヒーを差し出した。「ミルクティはアッサム、あとはダージリンだけど?」「ん、最初はダージリンで」 理玖はいつもの通りに返事した。 陶器を湯で温めると捨てて、茶葉を蒸らし始める。「本格的ですね」 晴翔が感心したようにローラの手つきを眺めた。「これでも簡単にしてるの。本格的にやると時間かかるからねぇ。ちゃんと蒸らして淹れた方が美味しいけどね」「晴翔! サンドウィッチも美味しいから、食べろ! スコーンも焼きたてだぞ!」 理一郎がスコーンにクロテッドクリームを塗って頬張る。 二人の間ですっかり晴翔呼びが定着している。 晴翔が笑顔でサンドウィッチを手に取った。「御言葉に甘えて、いただきます……。そっか、ローラ・向井先生の手作り。普通ならお金を払って食べる料理ですね」 晴翔が臆している。 確かに母はレストラン料理の監修やコンビニとのコラボなど手広くこなしている。「只の家庭料理だよ。専門家とプランを練って作っている訳じゃない」「そうよぉ、気にしなくっていいから、じゃんじゃん食べてね」 促されて、晴翔がサンドウィッチをパクリとする。「やば、うま…&hell
そんな話をしながら、途中パーキングで休憩を挟みつつ、四時間程度で家に付いた。 日本家屋風な平屋の一軒家には、無駄に広い庭に大きな蔵と道場があり、駐車場も三台分のスペースがある。「広いお家ですね」「田舎だからね。一軒の敷地がやけに広いしお隣さんが遠い」「確かに……」 ただでさえ隣家との距離があるのに、理玖の家は周囲を畑が囲んでいる。 回覧板を回すのも軽く運動だ。 車から降りて荷物を持つと、理玖は周囲を見渡した。「どうかしましたか?」 不思議そうにする晴翔を手で庇う。「晴翔君、周囲を警戒して。突然、何かが飛んでくる危険があるから」「突然何かがって。この辺りって、そんなに物騒なんですか? って、ぇぇ! 理玖さん?」 突然飛んできた手裏剣が、おでこに刺さった。 正確には吸盤で額に付いた。 無言で顔を上向ける理玖を見て、晴翔が驚いている。「こんなにくっつくものですか? しかも取れない」 頑張って引っ張ってくれるが、吸盤がぴったりくっついて取れそうにない。「僕のことはいいから、自分の心配をして。まだ飛んでくるはず」「お父さんでしょ? どう考えても、お父さんですよね? どこに隠れて……うわぁ!」 飛んできた手裏剣を晴翔が手で払った。「ほぅ、初めての襲撃を払うとは、なかなかの手練れとお見受けした。ならば、これはどうだ!」 今度はたくさん飛んできた。 晴翔が理玖を引っ張って体ごと避けた。
理玖は晴翔と共に職員駐車場に向かった。 実家がある群馬県渋川市には、車で移動する予定だ。電車は何かあった時に対処がしづらい。「ウチのSPを二人、冴鳥先生と深津君に付けます。唐木田さんと更待さんの動向も注視しておくように伝えておきます」 晴翔がスマホを操作しながら話す。「昨日は栗花落さんにも一人付けていましたが、解除しますね。RISEに潜入捜査に入った以上、かえって怪しまれて邪魔になる。俺たちに二人、距離を取って付いてもらいます」 サクサクと指示を飛ばす晴翔は、格好良い。 何となくプロっぽくて、見惚れた。「仮に唐木田さんが内通者だったとしたら、ウチのSPについても、そこから漏れたのかな。昨日、鈴木君が話していたの、ちょっと違和感だったんですよね。素人に見抜けるワケないけど、警察ってプロが気付いて教えたんなら納得です」 103号室で取引の話をした時に、鈴木は晴翔にSPを付けずに一人で来いと条件を出していた。 プロのSPの存在に素人の鈴木や臥龍岡が気付けるとも思えない。 國好は気が付いていたようだから、警察の間では既に認識されていたと考えられる。「しばらくは様子を見たほうがいいかもしれないね。深津君に、何かあればすぐメッセしてって伝えておくよ。僕らが今日から大学に不在なのも伝えないとだから」 人を信じすぎる冴鳥より、勘が良い深津に事情を説明しておくのが安牌な気がした。「お願いします。ぼちぼち出発しますね」 理玖の様子を眺めながら、晴翔が車を走らせた。「休憩挟んで三~四時間くらいですね。寄りたい場所とかあったら、教えてください」 晴翔がマップを確認する。 横顔が何となく
大学に有給届を出すと、理玖と晴翔は研究室で國好を待っていた。 微妙にソワソワしながら晴翔が立ったり座ったりを繰り返している。 二杯目のコーヒーを手に、ソファに腰を下ろした。「國好さん、大丈夫でしょうか。昨日は夢中で気が付かなかったけど、よく考えたら変な話ですもんね」 コーヒーを飲み込んで、晴翔が息を吐いた。 昨晩の臥龍岡との話し合いは内容が濃すぎて、流石に考え至らなかったのだろう。「理研の家宅捜査と奥井部長の逮捕が決まったのが月曜日の夕刻、それを僕らが知ったのは火曜の朝だ。昨日の夜の段階で臥龍岡先生が知るはずのない情報だからね」 臥龍岡が当然のように知っていた内容は、まだ一般に開示されていない。「栗花落さんから聞き出したのかと思いましたけど」「小林君の録音機能付き盗聴器を聞く限り、レイプ中ですらその話題に触れていない。むしろ、鈴木君のフェロモンに犯されている栗花落さんは幼児退行して過去の話しかできなくなっているような印象を受けた」 ある意味で、自己防衛反応かもしれない。 かろうじて國好の名前を呼ぶ程度だ。「だとすれば、別の協力者ですね。警察の情報を持っている誰かが、リークしてる」「羽生部長が千晴所長に付いた、と考えるのが順当だけど。國好さんは他の可能性を考えているようだったね」 昨夜、臥龍岡と晴翔が話し合いを終えた時点で、國好は本庁に戻った。 今朝になりメールで、研究室で待っていて欲しいと連絡が入った。(予測はつくけど、あんまり信じたくないな) 栗花落があんな状態になったばかりだ。 これ以上、國好の心を抉るような事態が起こってほしくない。 気持ちを改めようとコーヒーに手を伸ばした瞬間、
どうやらエレベーターは動いていなかったらしい。 行先の階のボタンを押し忘れていた。 真夜中に乗る人もいなかったのか、エレベーターは最上階で止まっていた。 恥ずかしい気持ちで、晴翔と理玖はボタンを押した。 皆が待機しているという、階下の部屋に静かに入る。 部屋の中には國好がいた。 蘆屋と小林もいて不思議に思った。 見慣れない機械を操作している。どうやら、盗聴とGPSは二人が仕切ってくれたようだ。「空咲さん、お疲れ様でした。向井先生とも仲直りされたようで、良かったです」 小林が業務的な言い回しで出迎えてくれた。 かっと顔が熱くなる晴翔を眺めて、蘆屋が付け加えた。「盗聴器、握り締めて話してたら、聞こえるよ?」 蘆屋が晴翔の手を指さす。 今更、愕然とした。「あみぐるみを握り締めた音からキス音まで、クリアに聴こえました。臥龍岡先生との会話も卑猥なやり取りも、服が擦れる音までクリアに録音済みです。どうですか、俺が改良した録音機能付き高性能盗聴器! プロ顔負けの仕様です!」 ばばーん、と効果音が鳴りそうな勢いで小林が自慢した。「そう……、ですか……」 お礼を言う場面なのかもしれないが、言う気になれない。 臥龍岡とのやり取りも理玖との会話も聞かれたんだと思うと、晴翔としては居た堪れない。 隣で理玖も照れた顔をしている。「確かに高性能だし、今回は大変役に立ちました。今後、こういった機械を犯罪に使用しないよう、注意してください。この手の趣味は本人も気が付かない間に犯罪に巻き込まれる危険性があります」